スピードを目的とする生産
前段
栗毛馬の種類を作り出すことはやさしい。栗毛の牝馬に栗毛の牡馬を交配すると、全く純粋な栗毛の種類(もちろん、被毛についてのみ純粋な)が得られる。

鹿毛の種類を作るには、もう少し手間がかかる。まず鹿毛の牝馬に鹿毛の種牡馬を配合しなければならない。そうすると、鹿毛の産駒が出るチャンスがある。そうすれば、これを順に使っていく。
だがもしも、栗毛が生まれたならば、この産を繁殖に使うのをやめるばかりでなく、その両親も繁殖に使うのをやめなければならない。なぜならば、少なくとも両親のいずれか一方が雑種性であることを意味するからである。
このような方法に従っていけば、50年の間に諸君は鹿毛の1品種を作りあげることは、実際に確かなことである。

同様な方法で、芦毛の1品種を作り上げることも難しいことではない。芦毛の牝馬に芦毛の種牡馬を配合する。鹿毛または栗毛が生まれたときは産駒・両親ともに繁殖から取り除いていかなければならない。この方法を数年間続けていくと、鹿毛ないしは栗毛の新しい系統を生じなくなる。つまり、色素形成に関するこの病気は慢性になり、ぬぐい取ることができなくなる。

このような方法で、精細な毛を持った羊、乳をよく出す牛、越えた豚などの品種を作り出すことが、遅い早いの別はあっても可能だったのだ。だが、これらの場合には、1つか多くても2つの性質が1品種においてできあがったに過ぎない。これを作り上げるのは全く簡単なことだ。単に時間と手間の問題である。
だが、運動家(アスリート)の1品種を作り、そして完成させようとすると、なかなか困難なことが起きる。

運動家

アスリートは全ての運動家のうちでもっとも完全なものであり、そしてもっとも高度に鍛えられた体格を必要とする。骨、筋肉、皮膚、心臓、決断力−−すべてが最高の資質でなければならない。
だが、われわれはサラブレッドは雑種であるから、異なった性質の異なった組み合わせが可能であることを見てきた。だから産駒がどんな特性を持って生まれてくるかは、誰も予測することはできない。しかもサラブレッド生産者はこの品種の改良をうまくやり続けている。
合理的飼料、新鮮な空気、自由および鍛錬、(これらは全て優秀な競走馬を育て上げるための最良の可能条件を作り上げるものだが)といった物質的に寄与できるものの他に、その発展に寄与する3つの要素を私は挙げることができる。

  1. 近親繁殖
  2. ニックス(Nicks)、すなわち、ある系統同士がうまく合い、ほとんど常に成功した結果を生むこと。(注:Nickとは相性が良いということ)
  3. 最良の資質の種馬を選ぶこと。

近親繁殖

雑種の繁殖においては、諸性質はおのおの独立して次の代にあらわれることを私達は見てきた。それはあたかも万華鏡を振るたびに同じものから違った模様があらわれるのに似ている。

もし我々が万華鏡にあるものの数を変えないで、振るたびにあらわれる模様が、高確率でよく似た模様になるようにしたいのならば、我々が取りうる唯一の方法は、中に入っているものの形と色の違いを少なくすることである。
同様な方法で、ある馬の祖先の数を減らすことは確かにできないが、我々は、1頭の特別な祖先がその血統において1回以上あらわれるようにすることで、ある望ましい特性が遺伝される…、という可能性をより確実にしようと考えて、両親を選択することはできる。

近親繁殖は異なった祖先の数を減らし、性質を固定させることを一層容易にする、というような結果を得るもっとも確実な方法である。事実、この見地から見て、近親繁殖のもっとも良い様式は双子の兄弟と姉妹の交配である。

全ての宗教において、神々は理想の化身として、近い親族関係にあった。聖書の伝説によれば、人類はアダムとイヴの子供達の間の近親相姦から由来しているのだ。
エジプトの宗教では、双生児のアイシスとオサイリスは彼らがまだ母親の子宮にいる間に、農業の神であるホーラスをつくったと言われていた。
ギリシア(注:ローマ?)の宗教では、ジュピターは、知恵の神であるミネルヴァを単性生殖によって、つまり母親無しで、直接自分の頭から生んだ。だがジュピターは神々の血を人間のもっとも美しい者の血をもって、活気づけるために、ときどき地上の秘密の酒盛りに出掛けていった。

これらの神話は、実際の生物学においても、我々に教訓を与えてくれる。実際、以下のようなことを見出すことができるのだ。

  1. 競馬場の多くのスターホースは近親繁殖の産物である。
  2. 家畜におけるあまりにも近い近親繁殖は、しばしば不妊を引き起こす。事実、他の馬よりも近親繁殖の度が強いサラブレッドは一般に、そうでない馬より生産率が良くない。
  3. あるものは、随時新鮮な血統と配合していかなければならない。だが、常に十分に選ばれたものでなければならない。(ジュピターの例にならって)
  4. 不妊という手段によって、自然は、人間の間違いを制限したり、あるいは排除さえする。

ニックス

ときどき2つの特殊な系統がお互いに配合されたときに、もっとも良い結果を生むことが発見されるのは興味深い事実である。普通はじめは偶然に発見される。それから生産者は、この特殊な配合が流行になるまで最初の成功を追っていく。
この事実は否定できないし、血統の記録において簡単に調べられる。例えば、以下の通りだ。

種牡馬のベンドア(Bend Or 1877年生)は、マカロニ(Macaroni 1860年生)の牝馬と配合したときに最良の結果を生んだし、ガロピン(Galopin 1872年生)は、ハンプトン(Hampton 1872年生)の牝駒との間に最良の結果を生んだし、アイソノミー(Isonomy 1875年生)は、ハーミット(Haermit 1864年生)の血をもった牝馬と配合したときにもっとも成功した。

私が最初のダービーに勝った(伊ダービー)のは、この最後に挙げた配合だった。イタリアにハーミットの牝馬でメラニオンという凡庸な種牡馬がいた。1904年に私はイングランドに行き、アイソノミーの孫娘を買った。成功したアイソノミー・ハーミットの配合をまねる意図でこの牝馬にメラニオンを配合した。この配合の結果、ギドレニと名付けた牡馬が生まれた。そしてこの馬が私に最初のダービー勝ち馬となって、生産者としての最初の大きな満足を与えてくれた。(*リンク箇所は五十嵐氏の論文と一致した箇所をリンクさせています。)

ある血統のこのようなニックスに対する説明を求めるに際しては、まず第一に「血」という用語を、その本来の生物化学的な意味にとらわれないように注意したい。まず繁殖問題の研究において、高等動物の間での繁殖は、女性の卵細胞の中に男性の精虫が入っていくことから始まることを、我々は理解していなければならない。
そのときにサイコロは投げられるのだ。これをもって、事故や病気の場合を除き、生まれてくる動物の肉体のまたはエネルギーの構成は何者たりとも変えることができない。

エネルギーに関する構成は、おそらく多くの電磁波の調和した結果、と言うべきだろう。
これはちょうど、面と容積が一定に調和の取れた組み合わせ、こそが肉体の美を決定しているようなものだ。その他の調和が快的な音楽的効果、色彩表や好ましい感情を生むことと似ている。
ある組み合わせは常に気持ち良いが、その他のものは常に嫌な感じである。オイル、塩および酢の配合は、どのサラダにでも感じの良いものだ。コーヒー、塩および酢では、いつでも嫌な感じの混合物をつくる。

競走馬において、ある2つの系統の組み合わせに起きる「コンスタントな成功」を決定する要因は、ちょうど先に述べた例えと同じことで、「ハーモニーを持った組み合わせ」が寄与しているのだろう。だがもしも、これらの調和や不調和の原因に立ち入ろうとするならば、私の言わんとする要点からあまりにも逸れることになる。
(ちなみに佐藤氏の訳は、「競走馬において、2つのある系統がほとんど常に成功することを決定するのは、調和のある振動を持った、以上に述べたのと同じ要素であろう。」…。ホンマ何のこっちゃ、の原文直訳。多分血統は苦手だったと見えまする。程度を表す副詞動詞を2連続で使うのを見ると、私、「日本人のくせに日本語知らんのか!」と怒りを覚えるのです。ハイ…。昔だから許されますが…、21世紀においては、日本語表現がろくにできない者に翻訳の資格無し、と。)

淘汰 (セレクション)

淘汰はサラブレッドという種の発達にもっとも大きく貢献した要素である。単純な農夫は常に次のように考える。
良いものと良いものからは、良いものが生まれる。悪いものと悪いものからは、悪いものが生まれる。
良いものと悪いものからは、良いもの悪いのが半々に生まれる。これと同様に生産者はできるだけ早く劣った馬を捨て、最良のものだけを生産用に残しておく。
(*確かに結果が出た、正しい方法なのだけれど、こんなことをずっとやっているのは「大昔の」「単純な」「農夫」と変わりませんよ、と言いたいのでしょう。)

やがて生産者は、長距離においてスピードのある馬を生産しようとすれば、東洋種を用いる必要があることを発見した。
決勝線(ゴール)における結果が、競走馬における最初の淘汰法を決定したのである。
勝った馬は生産のために残され、その他のものは捨てられた。骨や筋肉を全く無視する訳ではないが、あまり重点を置かず、もっぱら着順に重きを置いた。

後になって、18世紀のはじめに、精選された血統の多くの牝馬と4頭の種牡馬が東洋からイギリスに輸入された。これら4頭の種牡馬はダーレーアラビアン、ゴドルフィンバルブ(ときどき間違ってゴドルフィンアラビアンと言われている)、バイアリータークおよびオルコックアラビアンである。このときから進歩の第二波が始まった。

血統書に登録され、サラブレッドと呼ばれる資格のある全ての馬は、これら4頭の種牡馬と約100頭のほとんど大部分は東洋系の牝馬(おそらくごく少数は完全に東洋の出ではないが、その血統の中に色濃く東洋の血が入っていた)からの直系の子孫である。

だが、スタッドブックにおける直牡系(Dilect Mail Line)は、現在では4頭の東洋系の種牡馬のうちのたった3頭によって代表されていることは注目しなければならない。オルコックアラビアンの直牡系は死に絶え、その血は牝馬を通してのみ伝わっている。

同様な事象はスタッドブックの第一巻に登録された100頭の根幹牝馬にも当てはまる。
現在ではその40頭が残り、そのうちでも約10頭は既に死滅への道を歩み始めている。ゆえに、現在世界中全てのサラブレッドは直系的には3頭の種牡馬と約42頭の牝馬からの子孫である。

だが、傍系においては、ジョセフ・オズボーンが1881年にスタッドブックにおいて、475頭ほどの種牡馬を数えあげた。これらの全ては主として、ジェームズ1世およびアン女王の治世(16世紀から17世紀)に輸入されたアラブ種、バルブ種およびターク種である。

これら全ての祖先は、現在から18世紀のはじめまで血統書によってはっきりと血統を遡っていくことができる。これらの血統を辿っていくと、競馬による厳格な淘汰は、生産のための最良の個体を残した。そして、大元となった馬は数が少ないので、子孫は近親の関係になっている事を発見するだろう。

こうして、淘汰によって、予想されたような不利益を伴わず近親繁殖によるのと同じように、ある固定した性質を作り上げるという結果が達成できたのである。だが、この方法によっても多少受胎率が悪くなることは免れなかった。

サラブレッドの背景に存在する近親関係について知るのならば、私は1932年生まれのアガ・カーン殿下の所有馬であった不敗の名馬バーラム(Bahram)の血統を研究することを諸君にお勧めする。
この馬の祖先を1つ1つ遡って見ていくと、バイアリーターク、ダーレーアラビアンおよびゴドルフィンバルブの名前が数千回も繰り返して現れることを諸君は発見するだろう。

淘汰性質の遺伝

雑種の遺伝する性質は、遺伝の法則に従って伝えられる。また淘汰の結果である性質だけが、子孫の代において淘汰性質(選別された性質・Serected Character)として、再び現れる。
これは単に鉄で作られた機械と、鋼鉄(=鍛えられた鉄)で作られた同じ機械にどれだけ能力差があるか、と考えるのと同じ事だ。馬にとっては淘汰(Serect)だけが鍛えること(Temper)につながるのだ。
淘汰が厳しく、そしてそれが長い間行われていれば、それだけその性質は十分に鍛えられ遺伝していく。
先に学んだ遺伝の法則に従って延々と遺伝していくのだ。
(*つまり、競馬場での結果にまず重点が置かれる、そして遺伝はまったく予測不可能だ、の2点が法則ということでしょう。

このような理屈に基づいて、もし仮に優秀なトロッター種の牝馬を優秀なサラブレッド種牡馬と交配し、牝馬が生まれるとする。次に、この牝馬をトロッター種の種牡馬に配合していく、ということを交互に繰り返していったならば、数代後にはその子孫はトロッター競馬においては、それまでのいずれの先祖よりも優れたスピードを示すだろう。これは既に明らかにされている。
これとは逆に、サラブレッド牝馬をトロッター種牡馬に配合していけば、産駒は少なくとも20世代の間はサラブレッド相手の競馬では勝てないだろう。

(*サラブレッドが短期間で極端に質を落とさない限りそうなるでしょうね。)


これは各性質の精選された質(Serected Quality)が、淘汰(セレクション)の厳しさと行われた期間に比例するからだ。競走用サラブレッドは5ハロンを56秒で走れるようになるまでに、200年以上にわたって淘汰(セレクション)されてきた。対して、トロッターは5ハロンを1分12秒で走るまでに、80年弱淘汰された種である。
トロッターは11度のアルコールを持った新しいワインのようなものだ。サラブレッドは16度のアルコールを持った古いワインに似ている。この2つを混ぜると、なぜ交雑した場合にトロッターが改良され、サラブレッドが退化するかがすぐに分かるだろう。

スタッドブックは、ジョッキークラブによって閉ざされた日からたった一度、19世紀のはじめに再び開かれ、アラビア馬の小グループの登録を受け入れた。
この実験は途方もない結果を期待して行われた。つまり、新しい種類を作り出そうとしたのだ。だがこれは大きな失敗となった。この結果生まれた産駒は、スピードと持久力の両方ともを失い、やがてその新しいアラブの血統は淘汰されてこの試みは終わってしまった。

つまり、その子孫は良いレースに勝つことができなくて、見捨てられ、そして忘れ去られてしまったのである。
ゴール(決勝線)における数百年の科学的淘汰は、砂漠における数百年の自然淘汰よりも遥かに効果的であることが証明されたのである。
(*こういう歴史は初耳ですね。)


後になって、少数の有名なアメリカの馬がスタッドブックに登録され、これらは名誉を受けるに値することを証明したのは事実である。多分、これらの馬は最初からその資格があり、単にその主張を証明することができなかっただけだ。なぜならば、彼らの書類がメイフラワー、あるいはラファイエットの時代に失われてしまっていたからである。